盛岡の近江商人:初代 村井市左衛門孝寛(浄甫)

盛岡は、明治維新を迎えるまで代々南部家が藩主を勤めてきた。初代村井市左衛門孝寛(浄甫)は、幼少期を高島の大溝(近江高島商人発祥地)で過ごした後、兄の源太郎が住んでいた盛岡・南部に下った。万治元年(1658年)に、本町にあった兄の店を引き受け相続し、同時に兄は郷里の大溝に戻ったとされる。延宝4年(1678年)に初代市左衛門は、商圏拡大のために、本町の店を手代に任せ新町へ店を移すことになった。

この初代が子孫のために残した遺言状には、延宝元年(1673年)とされ、初代村市家が盛岡に来たのは、近江商人としては早い時期である。特異なことは、盛岡の南部藩が高島大溝出身の近江商人に対して商家経営を勧めたという事実である。当時、商業の先進地とされた上方の情報を盛岡城下にもたらす商人を求めていたのである。盛岡の近江商人は南部藩によって地元商人よりも優遇され、他地域の近江商人よりも大規模な商業を展開した。

「御遺誡」延宝元年(1673年作成)」 初代:村井市左衛門孝寛(浄甫)人富則奢(ひとふめば 則ち おごる)
奢則背礼(おごれば 則ち れいにそむく)
背則人悪(そむけば 則ち 人ににくまる)
悪則災来(にくまるれば 則ち 災いきたる)
来則成損(きたれば 則ち 損となる)
成則家貧(損となれば 則ち 家貧し)
貧則人賤(貧しければ 則ち 人いやし)
賤則起欲(いやしければ 則ち 欲起る)
起則為邪(起これば 則ち 邪をなす)
為則身亡(なせば 則ち 身亡ぶ)

「遺言状 延宝元年(1673年作成)」 初代:村井市左衛門孝寛(浄甫)一 仏教に信心を致し、天道に止どまらず、神をおろそかにせず、五常を専らたしなみ、主人父母に忠孝を尽くすべき事、
一 御公儀は大切なる御事に候、御法度の趣、堅固に相守るべき事、
一 家をたて、身を立てんとおもう者、まず身の養生第一に心がけ、召使に至る迄、煩い為さざる様に覚悟仕るべき事也、病人となりては何事も思う願いあるまじき事、
一 生商売の家、その業二六時中に、油断無く心に懸け、身に行い、時を考えべき事第一也、諸人にあいきょうを元とし、他力を頼み、一身の利発かりにもたてず、朝暮売買に工夫致すべき事、
一 手代下々等迄、その気分に応じ情をかけ、是非奉公仕るべくと存ずる様に使うべき事専一也、若し不届きなる者之有れば、手代は申すに及ばず、名跡たるとも雖も(いえども)よくよく見届け、愍憐(あわれみ)を加えず、急に追い出すべく、遅ゝに及べば必ず家失亡致すべき事、
一 欲深き商人は家あやうし、また諸芸を好み、家業に怠り、必ず身を失なわん事うたがいなし、かくいえばとて、諸事うちすて、その業ばかり勤めよというにもあらず、家職を第一に心がけ、余力有るときは、諸事に心を少しはよせても然るべきか、何事も家業の外に深く執心無用たるべき事、
一 早利商之有るときは、世上の沙汰よくよく聞き届け、十の内七ツ八ツ思案にあたり候えば、片時も遅ゝに及ばず買取り申すべき事、さりながら、一旦利得たると雖も、欲心深くなり、重ねて家職のそなえ、違うものなるべし、よくよく心得有るべき事、
一 世に切物(彫刻物)を待ち合、上り物ならば、百のうちまず三ヶ一払い、また上り候はば、三ヶ一払い、残って三ヶ一にて重々のあがりさがりを見るべき事、とかく欲深きは損多かるべき事、
一 主人たる者、よくよく人を見、その品々に使うべき事第一なり、まず我が身持ちを嗜(たし)なまざれば、仕置立つ間敷き事、
一 十人並に世を渡る時は、人毎に奢心あるものなり、生ある者盛衰元より、具足なれば、さかんなる時、おとろえの来たらん事を兼ねて思案致し、かりにも人に粗略有る間敷き事、
一 見世に於て、碁・将棋・双六堅く無用たるべし、尤も(もっとも)一切の勝負は勿論の事、
一 公儀・順義・衣服・家材・食物等身上に応じ仕るべきか、しかし、七分に然るべきものなり、段々見代は、事広くなりもて行く物に候えば、かねて分限より不足に仕るべき事、
一 金は国土の宝なれば、分に応じ天道より預り物なり、さある時は、私の栄怙には一銭もつかわれ間敷き事、
一 子孫にはまず浮世五常(仁・儀・礼・智・信)をゆずるべし、材宝はともかくもの事、
一 諸事に過ぎたるに及ばざるは、うとましき事なるべし、必ず中と忍の二字、朝暮願心致すべき事、
右、十五ヶ条の趣、寓意にまかせ、言跡のかたみともなれかしとおもうばかりに書侍り、跡を次ぐ者、よくよくこの旨を相守るべき者也、他人に対し紙面を表す事なかれ、
よって遺言状、件の如し、
  葵
延宝 元歳
  丑 村井氏
市左衛門
孝寛(花押)
文月十五日
子孫へ参

神仏や五常(仁義礼智信)をおろそかにせず、主人父母に尽くすこと。御公儀は大切であり、法律や規範を堅固に守ること。

立身・出世を志す者はまず身の養生に心掛けることであり、病人となっては何事もできない。

生商売を扱う商いは一日中、油断無く心掛け、行動や時間を考えることが第一である。

愛嬌をもとに、人の力を頼りながら自分自身の利益を考えることなく朝暮ずっと売買に工夫をすること。

下位の者まできちんと情をかけ、仕事を継続したいを思ってもらうような使い方をする。

もし、配慮の足りない者がいれば、手代はもとより家名を継ぐ者であってもあわれみを加えずにすぐ追い出すこと。

手遅れとなれば必ず家が滅亡する。欲の深い商人は危うし。

また諸芸を好んで家業を怠れば、必ず身を滅ぼすこと疑いなし。

だからといって、仕事だけに専念すればよいわけでもなく、家職を第一に心掛け、余力のあるときは少しは諸事をしてもよい。

何事も家業の外に深く執着することは厳禁である。すぐに儲かる商いは、情勢をよく把握し、10ある内の7つ8つの思案があれば、すぐに買い取ること。

しかしながら、一度儲けたからといってさらに欲心が深くなる。

さらなる欲心は、家職の備えとは違うものである。

そのことをよくよく心得ておくこと。

値の変動する刀剣彫刻類を手に入れるときは、値の上がる物なら100の内、まず3分の1を支払い、さらに上昇すれば3分の1を支払い、残額3分の1で値の上がり下がりを判断すること。

とかく欲深きは損失が大きくなる。人それぞれに奢りがあるものである。若くて元気な時こそ、いつか衰えの来ることを思案して、絶対、人に粗略であってはいけない。

主人たる者は、よく人を見て適才適所で使うことが第一である。

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