近江商人:四代目 矢尾喜兵衛の所懐(思うところ)

「金儲けさえすれば、家が長続きするというものではない」

「凡世間の習ひハ、只金儲けさへすれハ身代よくなりて其家も長久するやうニ思ふ人八九分もあり候得とも、全左様の事ニ而ハ無之候」 所懐
世間一般は、ただ金儲けさえすればその家が長続きすると思う人が8割・9割もいるが、まったくそのようなことはない。

近江国蒲生郡日野出身矢八尾喜兵衛家の創業は、初代喜兵衛が39歳で同郷の矢野右衛門家から別家を認められた寛延2年(1749年)である。矢尾喜兵衛は、武蔵国秩父郡大宮郷に酒造業と万卸小売業を主家との乗合商いの形態で開店した。以来、250年を経て、現在は埼玉県秩父市において、株式会社形態の矢尾本店と矢尾百貨店として存続している。同家は、乗合商いという合資形態の店を、関東地方に判明しているだけでも通算16店展開した。
四代目矢尾喜兵衛は、手習いのために9歳で寺に入り、やがて石門心学に傾倒していった。その言動は、「勤倹謙譲」そのものであった。
この矢尾喜兵衛の所懐(しょかい)は、「岩城枡屋店掟写」の後半部分に記述がある。この「岩城枡屋店掟写」は、天保10(1839年)亥年2月7日に四代目矢尾喜兵衛が京都新烏丸の旅館柳屋庄兵衛方において写し取った家訓である。末尾には、この岩城枡屋店の家訓と比べて所懐(喜兵衛の思うところ)を書いたものであろう。

「矢尾喜兵衛の所懐」 意訳一 総じて勧善懲悪(善事を勧めて悪を懲らしめる)の道を常に志して、兄弟親族をはじめ奉公人や出入の者には不好であっても常時、説き聞かせるようにすること。そうすれば、将来において勧善懲悪の道理をわきまえるようになる人も出てくる。

善を説き聞かせ善行をすることは、世間のため人のためであり、これを見過ごしてはならない。生まれつき教えを身につけようとしない者は、善事と聞くと、すぐにやきもちを焼き、話をさえぎったり、そしったりする。

さらには、十にひとつも穴を見つけ出してそのところをつけ込んであざけり、軽んじる気風もあるものだ。そのような者は、さて困った迷惑者である。

この人たちは、おそらく12~13歳より20歳位までのところであろう。その者たちを人によく仕込んでもらえば、勧善懲悪と仁義の道理もまかなえるであろうに惜しい事である。

孟子も人の性は、本来「善」であると言っているが、そのためには教育が必要である。「性相近く習相遠し(人の性は生まれた時にはあまり差はないが、習慣や受けた教育によって違いが大きくなる)」というように手習いより徐々に知恵が付き善人に近づくことができる。善性と悪性を合わせ持つ人間は善にも悪にも変化するため、大善・大悪にもなりやすいと思われる。

その人の志を知るためにはその人の友達関係を見ることという故人の金言があるように、友を選び、強欲にならないよう、贅沢に流れないよう、単なるケチに傾かないよう、自分の事は自分自身では知り難いものである。自分の行いを知るには、自分の交友の行いをよくよく見て我が身の行動を考えてみることである。

一 勧善懲悪の教えを守ることは、加えて人の道を教えることでもあり、ありがたいことである。

さて今日、天地の間に存在する物は、天の恩恵と地の養育によるものである。決して人の力だけで生み出されたものではない。この冥加を拠り所とすることを知る人は、どのような物であってもすべて天地から借用するのと同じことである。借り物である以上、粗末に扱ったり損じたりして物が失われてしまうことを恐れ慎まなければならない。

とにかく天地の間にある物は、どんな品であっても減らないように心掛け、物の効用を尽くし、仮にも無益のことに浪費してしまわないように始末*すること。これが冥加を知ることであり、天地への奉公である。日頃、常にそのことを心掛けることは、かなり善心がなくてはならず、自分の心をつくし身をつくすことを要するものである。

家内一同がこの冥加を知るようになると、万事が都合よくなり、自然に物が豊かになるものである。物事を損得だけで考える人は、理詰めには見えても冥加の真意もあることを考えるべきであり、すべて損得だけを考えてできることではない。
*始末とは、その物の効用が無益になるようにまで使い切ることをいう。

一 昨今の風潮は、ただ金儲けさえすれば身代は良くなって家も長久(長く続くこと)するように思っている人が8~9割もいる。しかしこれは間違いであり、まったくそのようなことはない。百姓は。世間のため国のためになる有用な作物をたくさん作り出すからこそ転職であり、それが冥加というものである。

欲得から初茄子(なすび)ひとつに金一分というような高価なもの、奢侈(しゃし・ぜいたく)にかかわる高値の品物ばかり作り出す農家は農人の転職を汚すものである。百姓本来の冥加をわきまえ、耕作を大切にする農家は子孫も長久するものである。

職人も国家の実用に役立つ品を作り出すように努めるならば、天意にも冥加にも叶うであろう。家財にも無益な品物がある。奢侈(ぜいたく)な者が、もてあそぶだけの何の用にも立たない高価な品物を作り出すのは、たとえ人目を驚かすほど腕前の職人であっても、人々を贅沢に向かわせるだけであり、国家の役立つ安価な品物を作る職人にはるかに及ばない。

商売人は扱う商品がさまざまで一慨には言えない。国家の実用の品を商売する者を上商人と呼ぶ。何の役にも立たない無益の品を売り出す商人が多く、100人の内80人は無国用の商人である。国家の為、人の為と思って無益の品を売り出してはいけない。

今日国家の実用品を商売する者は、利は薄いが天地の意に背かない商家なので、子孫も繁昌して家内長久のきっかけになる商人である。一方で世上の人々を奢侈に引き入れる商人や、善人を不善人にするような商人もいる。

また、質素な人も奢侈に向くようになると、いつとなく薄情になって私欲が深くなり、後には大奢り者に偏ってしまい、「何品不風雅の何品ハ面白味か有」といった国用の品に疎い気風となり、風流の品を国の必需品でもあるように思って、国用の品を商売する人物を軽蔑することになる。

元来、商人というものは、お客から商品の価格に応じてお世話代として口銭をいただき、そのお陰で一家や奉公人を養い育てているのである。だから品物をよく吟味し、もし品質が悪ければ値段を下げて口銭もできるだけ薄く売り、一度入来したお客が喜んで再訪したくなるようにすること。これ、「正直」と「薄欲」の2つにある則(きまり)にあるところなり。

商家の主人の本意は、「仁」ということを心底に持って、奉公人に正直の功徳を熟達させ、礼儀も徐々に説き聞かせ、家内和順して、奉公人が一家の主に育って主恩に感謝するように成長することである。

一 人の道というのは、ただ「忠孝」のみである。その心をうやまい、その身を慎み、これ以上のことはなく、忠孝の道は神仏の信心または慈悲善根布施供養といえども及ぶところではないが、聖人の言にあるように、「言ふ事の難キニあらす、行ふ事の難し」道である。

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