「三方よし」の原典となった、中村治兵衛宗岸の遺言状「宗次郎幼主書置」...売り手よし、買い手よし、世間よし

商取引は、取引の当事者双方のみならず、取引自体が社会をも利することを求めたのが「三方よし(さんぽうよし)」の精神であり、近江商人の活動の普遍性を完結に語るものである。

近江国神崎郡石馬寺町(源:滋賀県五個荘町石馬寺)の麻布商、二代目中村治兵衛(法名:宗岸)が、嫡男3代目治兵衛(法名:宗壽〈そうじゅ〉)は、延享4年(1747年)9月26日に34歳で没したので、その遺児である娘(法名:〈妙壽〉)に養子・宗次郎を片山半兵衛家から迎えて4代目治兵衛を嗣がせた。

妻と子に先立たれた宗岸が初めて幼主の宗次郎へ「書置」を記したのは、1754年(宝暦4年)11月のこと。この「書置」には、家と家業の存在を15歳の幼い養嗣子の教え諭さなければならない、70歳に達した宗岸家の事情があった。

「三法よし理念を示す原典となったこの「書置」は、24カ条(「宗次郎幼主書置」11カ条、「追書宗次郎」13カ条)からなる遺言状「書置」文書は、3メートルにもおよぶ長文である。「宗次郎幼主書置」の8番目の条文には次のように書かれていた。

「宗次郎幼主書置」「一 たとへ他國へ商内ニ参候而も、此商内物此國之人一切之人々皆々心よく着被申候様ニと、自分之事ニ不思、皆人よく様ニとおもひ高利望ミ不申、とかく天道之めぐみ次第と、只其ゆくさきの人を大切ニおもふべく候、夫ニ而者 心安堵ニ而身も息災、仏神之事常々信心ニ被致候而、其国々へ入ル時ニ、右之通ニ心さしをおこし可被申候事、第一ニ候」

たとへ他国へ行商に出かけても、自分の持参した衣類等の商品は、出向いていったその国のすべての顧客が気持ちよく着用できるように心がけ、自分のことばかり計算して高利を望むようなことをしてはならない。
先ず、お客さまのためを思って計らうことを優先すること。行商の結果、利益を得れるかどうかは天の恵み次第であると謙虚な態度であること。ひたすら商品をお届けした地方の人々のことを大切に思って商売をしなければならない。
そうすれば、天道にかない、心身とも健康に暮らすことができる。自分の心に悪心の生じないように、神仏への信心を忘れないこと。持ち下り行商に出かける時は、以上のような心がけが一番大事なことである。

「宗次郎幼主書置」最初の11カ条の概要これまで我が家は農業に精を出し、少し蓄えができると田地を買い増し、堅実に暮らしてきたので、今後も借金をしてまで商いを手広くしようとすることは無用である。

成人した後も生活は奢りを禁じ、内輪に暮らすことが天道に叶い、世渡りも楽になるものである。自分よりも年上の者の言は、一応は聞き置き、後で善悪を判断して良いと思うほうを採用すること。

親を早く亡くした者は、親を手本にできないので、他人に笑われないよう常々心がけることが大切である。

商内は、手持ちの資金の6~7分で行い、3~4分は現金で所持しておくようにして、内輪に営業すれば養生にも良い。出入りの人々は丁寧に挨拶すること。山林の境界は、源助や又兵衛がよく承知している。

他国へ行商へ赴くときは、先ず第一にその土地の人々のことを大切に考え、自分のことばかり計算して高利を望むようなことをしてはならない。

宗次郎はまだ若年であるので、神仏への信仰心が世間の人より劣ることがないように、成人してからも神仏を大切にして息災に暮らすこと。

ばくち、勝負事、好き嫌い、奢りは天道に悖り(もとり)、家の没落となることは世間に多くの前例があることであり、これらの悪心が生じないように毎月神仏に拝むことを忘れてはならない。

世間に一人前と認められるまでは、一門の人々の云うことを聞き入れる素直さが大切である。

「追書宗次郎」追って書きの13カ条身の持ち方についての心構えは、前文「宗次郎幼主書置」に記したとおりである。特に、ばくち勝負事にかまけて身上をつぶすのは、心がけが悪いためである。

神仏への信心を忘れると悪心の虫が生じるから、ひたすら心をひとつにして我が子に身代を譲るまでの30年間は手代番頭になったつもりで家業に努めること。信心を大切にして、慈悲の気持ちを忘れてはならない。

男女の奉公人へ宗次郎相続の支援を依頼したいこと。質に取っていた田地が請け出されたときは、その旨を庄屋へ届け、その分の年貢負担控除の手続を忘れてはならない。

源助の妻おさんへ子供の着物用に木綿三疋を遣わすこと。又兵衛は、忠義の者であるので、今後とも家を見守ってくれるように頼み、蔵米の一部を与えるようにしてもらいたい。

金2両宛を石馬寺、乾徳寺、善福寺へ祠堂金としてそれぞれ上納すること。三代治兵衛家の第二養子として分家を興した中村武右衛門の実家である川並村の河井兵衛門へは、金5両を進呈すること。源助へは金10両を遣わしてもらいたい。

これらの米銭のことは、自分の没後7日以内に実行すること。 以上 

寶暦四年 戌十一月日 宗次郎殿

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