先人の知恵、商いの極意を知る...近江商人:外村與(与)左衛門

近江商人の商家では、明確な経営理念を持っていた。商いのやり方をいつも確認できる経営理念は、経営を行う上で重要な要素である。商売の原点や勘どころを知る上で、十代目外村與左衛門が安政3年(1856年)正月に制定した家訓「心得書」が非常に参考となり、読み返すたびに思考の拡がりを感じる。

外村與(与)左衛門家は、金堂村(滋賀県五個荘町金堂)の篤農家で、五代目照敬が元禄13年(1700年)に19歳で初めて麻布の持ち下り行商*を試みたのが商い※の最初であった。

*持ち下り商内(あきない):近江商人は、地場産業と結び付いた行商である。地元から国外へ行商に出かけるときは、近江国内の特産品を持って下り、帰路は、出先の特産物を仕入れて販売しながら持ち帰るといった、行きと帰りの両方で販売活動をする「鋸商内(のこぎりあきない)」を行っていた。この効率的な商法を持ち下り商内と呼ぶ。成功が見込めれば他国へ出店して販路を拡大していった。

※この商法の注目すべき点は、小売り行商ではなく、商品を大量に取り扱うことのできる卸売業であったことである。 目的地の有力者に馴染みができると、荷を馬や船で送りつけておき、自分は後から天秤棒(てんびんぼう)に身の回り品をくくりつけて乗り込み、有望な商品はその地方の商人への委 託商品として商いを行った。

外村與(与)左衛門家は、「他利自利」「自然成行」の精神で幕末明治の動乱、恐慌、戦争、流通革命など幾多の苦難を乗り越え、現在、総合繊維商社「外与株式会社(外与)」として創業から300年を迎えた永続企業である。外与の経営は、長い卸売り行商を経た後に店舗商業に移行しましたが、店舗開設の前(天明6年、1786年)から、すでに決算帳簿を複式簿記の原理を導入して記帳する段階に到達していたことが特徴である。決算書の性格を持つ「売買金銀利合記」では、損益計算書と貸借対照表に相当する複式計算が実施され、早い時期から経営合理性や堅実さを併せ持っていた。

十代目外村與(与)左衛門応信によってまとめられた商い全般についての家訓「心得書」は、店中の和合・先例の遵守・取引の原則・日常の心構えなど、44条にも及んでいる。「心得書」は、当時、店員の心得として毎年正月元旦に支配人が読み聞かしていた。
この中から、商いの原点を振り返る時の拠り所となる驚きの条文をいくつか見ていく。

外村与左衛門家蔵 「心得書」安政3年正月制定1.取引についての心構え...「天性成行きに随い」「遠き行末を平均に見越し」古来より我家相伝之欠引方、自然天性にして我勝手斗りを斗ひ候事一切不相成、自他共ニ弁利ニ相成候事ヲ深ク考江勤メ行可致事也、只天性成行ニ随ひ、家之作法其筋目ニ不違様、目先之名聞ニ不迷、遠キ行末を平均ニ見越、永世之義ヲ貫キ可申斗ひなり、是別先祖代々思召、退転なく今に相続いたす所也、

我が家に代々伝えられてきた売買取引の駆け引きの方法は自然天性であり、自分勝手な判断で処置をすることは一切厳禁である。自他ともに利をわきまえて成り立つよう深く考えて勤めること。ただ、自然天性、成り行きに従い、家の作法の道理に違わないよう、目先の世評や名声に迷わされることなく、長期の行末を平均に見越し、永世の義(人の道)を堅持すること。これは特別、先祖代々のご意向であり、怠りなく受け継ぐように勤めること。

目先の高下を争ひ諸人の気配ニなづミ、平生ニ只烈為売買を好如何にも欠引達者ニ相見江え様名聞人並みの働振りヲ好ミ候事、誠ニ危、始終ヲ取り留め候事なく一生損益共に不定の斗ひに苦しみ安心ならざる事、如何にも残念千万能々思惟致すべし(中略)総じて見切り悪しく見通し疎きものは商人の器にこれ無く、誠に危うきこと也、

目先の高下を争って人々の行動や気配に慣れ、いつも派手な売買(相場)を好み、それがいかにも取引の駆け引き上手のように見えたとしても、世間は人並みの働き振りを好むものである。一生涯、目的のない不安定な駆け引き事に苦しみ、安心を得ることはできない。いかにそれは大いに残念であること、よくよく考えること。(中略)総じて、先の見通しが悪く、しかもその見通しすら知らない者は「商人の器にあらず」、誠に危ういことである。

売買共見越の取計い堅く相成申さず、平日に買持は堅く致す間敷候事、当家先祖より伝来の駈引は、売買とも天性成行に随い、先々の気分に順し、相手少き時に買入いたし候へば、売人も悦び申すべく、また、先々望取候節に売り惜しみなく売り払ひ候へば、得意も弁利を悦び申すべし、これ家伝極意の心得肝要たるへき事

売買共に見越して取引することや必要のない時期においての買い占めは厳禁である。
先祖伝来の駆け引きは、売買ともに自然天性の成行(なりゆき)に従い、先々の状況に順応し、仕入れについては、競争相手の少ないときに買い入れをすれば、売るほうは喜ぶ。先方が望むときに売り惜しみなく売り払えば、得意先も喜ぶものである。売買ともに相手の立場を尊重することが、家伝極意の大切な心得である。

2.仕入れの方法...良質の商品を安く仕入れ不要な人気商品を高値で買い置きしない買物は総じて諸人望み取り申さざる時節を相考へ、自然下直の品を能々吟味いたし、売場必ず入用の品ばかり相選み、買入れ置き、自然得意望み取り候時節の用意いたすべき事、(中略)
必ず諸人望み取り高直の時節に、差し当たり入用これ無き品は、決して買持ち致す間時敷事

買い物は総じて人々の望み通りにはいかないという時節をよく考え、値が下がった商品をよく吟味し、売場には必ず顧客に必要な商品のみを選んで仕入れ、得意先の希望に沿ったものを買い置きすること。(中略)
くれぐれも、今、人気商品だからという理由で、高値の時期に当面必要のない商品を決して買い置くことをしてはならない。

3.売りて悔やむこと...目先の値上がりを見込んで売り惜しみしてはならない売方は総じて諸人望み取り候時節、有物決して売り惜しみなく買人の気配に順じ、時節の相場たとひ不引合たりともその時の成り行き相場次第相働き、必ず損得に迷はず諸人の望取候節その図をはづさず順々に売り払ひ申すべき事、

兎角当然之利益を好み、末に至り、我も人も不足なる事を弁ざるは、小人之愚なる取計ひにして、取るに足らざる小逆敷事也、急度相心得可き也、

売りて悔やむこと、商業の極意肝要に相心得申す可く候、決して目先を見込みに、売り惜しみ強気の取り計らひ致すまじく候、世間望み取り候節々売り惜しみ、品物不弁利にいたし候事、天理に背き且つ家風に背き甚だ以って心得違ひ也、

たとひ強気見込みの取り計らひにて利益多少にこれあり候とも、自然自利他利の弁利を知らざる道理故に、決して永続長久の見通しこれなく、これによりとりわけ目先当前の見込み見越しの取り計らひは、家法として古来より堅く申し合はせの通り急度相心得申すべき事

販売についての心得は、仕入れのときとは逆で、顧客の望むときに売り惜しみをせずに、そのときの相場による損得に迷わず、順々に売り渡すことである。

売り手は、総じて人々が希望する商品を希望する時期に決して売り惜しみすることなく、売る時期の相場が仕入れた時期よりも低くても高くても(不引合)、その時の成り行き相場次第でもって販売し、必ず損得に迷うことなく人々に順々に売り払うこと。

とにかく、目先の利益に目がくらんでしまい、それが結果的に自他ともに不満足となる事とをわきまえない商いは、取るに足らない悪賢い行為であると心得ること。

「売りて悔やむこと」、これが商いの大切な極意であり、心得ておくこと。目先の利益に目がくらんで、需要のあるときに強気に出て売り惜しむことは品物不足にする事であり、天理に反した家風にも背く心得違いな売り方である。

そのような自分の利益だけを見越した販売は、たとえ当面は多少の利益が出ても、自利他利の道理(相手の立場を考えない)を知らないために永続長久の見通しもなく、目先、自分の利益だけを見越した取り計らいは、家法として古来より堅く申し合わせのとおり厳に慎むように心得ること。

高直にて売り付けその後下落いたし、都合よく売り払ひ候とて利勝を喜ぶこと、尋常人並みにして大きに我身勝手の心得也、得意先々にて自然損失これあるべき事を厭わざる心得不実なり、行く末を思ひ計るべし、(中略)総じて売り物は高直にならざる前より、人の望みに任せて順に売り惜しみなく売り払ひ申すべき事、売りて後に悔やむやうならばさきさきに利益ある也、これ重畳*と相心得、売りて悔やむ事、商人の極意と申す事、能々納得いたし、我も人も無事長久なる事も思惟して専ら勤行いたすべし
*重畳 めでたいこと。たいそう満足なこと。

たとえ都合よく高く売り抜けた後に相場が下落したとき、「都合良く売り払って、あぁ儲けた」と喜ぶような取引は、顧客の損失や心情を無視した我身勝手な取引であり、長続きするものではない。
その身勝手な取引が、各得意先にて自然損失を招いてもかまわないという心得は誠実ではない。その行く末をよく考えてみること。

(中略)

総じて、売り物は高値になる前より、買い手の望みに任せて順に売り惜しみなく売り払うこと。売り手が、「安売りし過ぎたかな」と悔やむような取引であれば後々に利益があり、これは満足なことと心得ること。(このよう販売の仕方をしておけば、双方ともに満足するから取引は長続きする。)

「売りて悔やむ事」これ商人の極意であり、そのことをよくよく納得し、自他ともに将来を考えた永続的な取引を考えながら、ひたすら仕事に励むこと。

4.始終平均のものと知る...どうにもできない相場や物価の変動は長期に平均的に見る品により不時なる直合の損益これあるべく、これは商人の常なり、必ず高下に迷ひ心配致すべからず、いかほど家風相守り、手堅く計らひいたし候とも、直合は天性成り行き、損もあればまた益あるべし、これにより計らざる利益あるともわけて喜ぶへからず、損も取りわけ心痛あるまじく、高下は冥利の外に始終平均のものと知るべき事

商品によっては相場や物価変動で思いがけない損失や利益の出ることが商人の常である。従って、その高下(変動)に迷い振り回されて心配してはならない。

どれほど家風を守って手堅い商売をしていても、相場や物価というものは自然の成り行きであって、特定の商人がどうこうすることのできないものである。

時によって損もあればまた益もあることは避けられない。これによって思わぬ利益があったとしても喜んではいけない。また損失があっても取り分け心痛することはない。

相場や物価から受ける高下(変動)は、神仏から受ける恩恵「冥利」の外に、「長期的に見て始終平均のもの」と知るべきである。

5.深く驚くべからず......避けることのできない災難や思わぬ吉事に一喜一憂しない天災変事これあり、計らざる損失これあり候とも、深く驚き申すまじく、後日の心得次第にて、また幸の儀これあるべく、尚又計らざる吉事あるとも強ひて喜ぶべからず、人間万事塞翁の馬、自然後日変あるべき事を兼ねて思案いたすべし

天災や変事は突然に襲ってくるものである。だから、思わぬ損失があったとしても深く驚くことではない。また、予期しない吉事があっても、あまり喜ぶものではない。吉凶は、人間塞翁が馬と同様に間単に定めがたいものであり、後日になって自然に変動が生じる事をも合わせて考慮すべきである。

6.節約とケチとの違い...慈悲心、思いやりの心がうすくては人気調いがたし倹約ハ家を守る基ひなれば古風を忘れす万事に気を附聊之品たりとも捨り物無之様相心得可申候身之廻り衣服等之儀ハ常々申渡候通吃度相守申可候事

倹約が家を守る基本であるから、古来からの仕来たり(しきたり)を忘れないように気をつけ、たとえ僅かなものでも一切捨てるべきではないと心得ること。身の回りの衣服等はいつもきつく言い聞かせている通り、節倹を守ること。

倹約と物を惜しむと混じやすく急度相心得すべし、倹約の仕様ニ寄り、物をおしむに至る。是吝嗇身勝手なり。慈悲心薄クてハ、人気調ひがたし、能々思慮致スべし

倹約することと、吝嗇とを混同してはならない。吝嗇とは、何事につけても、むやみに金品を惜しむこと(ケチ)をいう。倹約も仕方によってはケチになる。思いやりの心、慈悲心が薄くては「人気調いがたし」として、度を過ぎた物おしみに陥ることを戒めている。

7.正直正路の経営...商人の道もまた「正直の徳」以外にない凡人之道として貴賤共に正直ニして苦労ヲ致さねバならぬ筈ニ候、若キ時より早く此事を存知候者ハ人之道ニ叶ひ必立身致ス事ニ候、常々此事を不忘精心ヲ尽シ勤申へく事

(奉公人一般に対して)人の道として、貴いこと卑しいこと、ともに正直にして苦労しなければならない。若い時から早くこのことをわきまえた者が人の道に叶い必ず立身出世する。いつもこのことを忘れないよう精心を尽くし勤めること。 〔立身することが人の道に叶うことを強調している〕

人並之働キ無之者ハ尚々心正敷致べし、自然其志に感じ、人におもわれ候得バ、重キ役にも趣なり、尚又、其身其身之重役を大切に心得、我ニ器量有とも必ほこり申間敷候、弥々礼儀正敷致べし、是を慎ざれバ不和合之基ひ、災ハ下よりおこると申事也、其者身分にかかわり安き事を常々相心得急度相慎可申事、

未熟者は、さらにいっそう心を正しく持つこと。すると自然にその志を感じる者が現れ、立身出世にもつながる。なお、また自分に課された重役(役割)を大切にし、自分に謙虚でなければならない。ますます礼儀を正しくすること。これを怠ると、不和合が基で災いが下より起こる。その災いは身分にかかわりやすいことをを、いつも認識しておくこと。

人をそ志り告ゲ口カゲ口堅ク申間敷、常々蔭日向無之様相嗜申べし、正からざる心得有之バ人之道に不叶、末難成之基ひなれハ急度相慎可事

人を誹ったり告げ口や陰口を堅く禁ずる。いつも陰日向(かげひなた)なく正直正路に、正々堂々と暮らすことが大切であり、「正しからざる心得」があれば、人の道にも背き。末に至り成功もおぼつかないので慎むよう、厳しく戒めている。

8.身の程(みのほど)をわきまえた経営......過ぎたるは奢り。奢りは無礼である。一統末々ニ至迄、分限を相弁江家之道を堅固ニ 相勤、我身我身之行末善を好と悪を好との其報ひ有事深知べし、......

一統、末代に至るまで、分限、すなわち、身の程をわきまえて堅固に経営すること。自分の行く末は、善いことも悪いこともあることを深く知ること。身の程を知って物事に対処すれば人間関係を円滑にでき、礼の道に適う。分限に過ぎた行為は奢りであり、奢りは無礼である。

家之乱ハ奢より起と申事ニ候得バ、主(おも)たる者ハ尚更深ク相心得、増長致さざる様慎べし、諸寄進向等之儀ニテモ、前々より仕来り振合を以取計可申事、善事ニテモ表江 顕れ候事ハ、其模様計ひ方に寄テハ、家相続之差障ニモ相成候儀ニ候間、深ク相心得控目之取計肝要ニ候、乍併、極秘ハ表江顕れ不申儀ニテ、急度為筋と存候得バ世間ニ不拘、寄進施等精々相談之上取計可申事

家の乱れは「奢り」から起こることを深く心得て、増長しないように慎むこと。多方面の寄進等についても前々よりの仕来り(しきたり)の振り合い(他とのつりあい)をもって取り計らいをすること。
いかに善いことがあっても、その善事が外へ表れるものは、その模様や取り扱い方法によっては家相続の差し障りにもなりかねない事にもなるから、深く心得て、控え目にすることが大切である。
しかしながら、極秘にしたものは、表面化しないので、善い事(為筋)と思ったら、世間に遠慮せずに寄進・布施等、できるだけ相談して取り計らうこと。

主人之徳ヲ我威勢と心得違すべからず、能々思慮すべし、今主人の御陰ニて生成いたし漸商内向之用ニ 立候様ニ 相成候を了簡違致し、もはや我才器ニて何事も出来ル様ニ相心得、主人之徳にて取引向総て世間より候へは、我之徳、威勢有ル様ニ心得違いたし、我身をほこり、色々気随之振舞有之事以之外次第なり、能々我身を返り見るべし

従業員は、主人の徳を我が威勢と勘違いしてはならない。今日、自分が一人前の従業員になり得て、商内が出来るのは主人の威徳のお蔭であることを了簡違いして、自分の才器がすぐれていると思い上がって気ままに振る舞うことはもっての外である。よくよく我が身をかえりみること。

仕来りの家業も世事の移り替るに随い異なり、一同熟読の上時宜※に改革すべし、尤古格*先例必ず遺失致すべからず、家の作法堅く相守り、日々新に勤儉致す可く候事
※その時々に応じた  *古くからの格式

しきたりある伝統の家業も、世間が移り変わるにつれて異なってくる。一同、熟読してその時々に応じた改革をすること。古来からの格式や先例(これまでのしきたり・規範)を決して忘れてはならない。家の作法を堅く守って毎日新たに勤勉・倹約に努めること。

支配人ハ惣躰之重役なれハ、万事心ヲ配リ差障リ無之様身心堅固ニ持べし、支配中ニ自然心得違之者出来候ハヾ支配人不行届キニ茂可相成道理、必無油断人の生質ヲ見立、忠孝明徳之道理ヲ相心得、皆々順当ニ立身いたし候様能々申諭スべし、若家風ニ相背キ心得違之者有之不得止事ヲ候ハヾ、決而用捨致間敷事(後略)

支配人は総じて重役であるから、どんなことでも心を配って、心身を堅固に保つこと。下位の者(奉公人)の気質を見立て、忠孝明徳の道理を心得て、他の奉公人たちもみんな順当に立身するように申し諭すことが職責のひとつである。家風に背いて心得違いをした者が問題事を起こしたときには、決して許してはいけない。

「立身」とは、「人之道」に叶った結果を示すものと諭していることが読み取ることができる。
「人之道」は、忠勤や親孝行を前提とするものであり、「天」は、それらの行為を愛憎をもって見ていると考えていた。

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