外村宇兵衛家の家訓

初代外村宇兵衛は、安永6年(1777年)に外村与左衛門浄秋の末子として生まれ、享和元年(1801年)に与左衛門家から元手金1,000両(60貫目)を譲り受けて分家した。安政3年(1856年)8月制定の家訓は、同時期に本家の外村与左衛門家においても「心得書」「作法記」が制定されており、両家にとって経営上ひとつの転機となった年であった。

「家 訓」......家訓の概略は次のとおりである。
一、凡人は忠・孝・仁・義・誠の五道に基づいて行動しなければ何事も成就しない。まず、「忠」であるが、従業員は奉公した日から我が身は自身のものではない。主人に差し出した身であるから、私心なく、主家の繁盛することを第一に、与えられた仕事に励み、事に当たっては体も心も打ち捨てることさえ惜しんではならない。また、たとえ事が成就しなくても、不足心を起こすことなく、逆恨みもせず、率直な気持ちで、ただ仕事を丹念に、油断のないようにしなさい。

一、「孝」は、すべての善の素で、最も大切なことである。孝というのも忠というのも、本来は一緒で、親に従うこと、主人に仕えることをいう。両親は、主家の商売に精通して無事にひと通りのことを終了し、世間で一人前といわれるようになるために遠方をいとわず奉公に出したのであり、その父母の心に違わないことが孝である。忠を思えば孝に至る。

一、「仁」は、生まれながら持った徳を大切にし、私欲を起こさないことである。商いの道に利益を求めることは当然であるが、時として仁道を忘れ、非道に走ることがある。これは慎まなければならない。御公儀でも仁道をもって民を養われているわけで、そのおかげで平安に家業を営むことができる。この恩を大切に、わずかといえども非道のないようにしなさい。

一、「義」は、誤りのない大道に徹することをいう。ともかく一度決めたことは、揺るがせることなく、鉄石をも通す勢いで取り組みなさい。主人と相談して取り決めたこともそのとおりである。働く人は常に言葉を慎んで、先人の残された行跡や名句を味わい、曲がった心があればこれを改め、人の悪を観ては自分を省(かえり)み、人の善を見てはこれを真似ていれいると、自然に邪心は遠ざかって魂は洗い清められ恥ずかしくない人になる。

一、「誠」は、天の道である。誠を思う心は人の道である。天下の交易売買も、この誠の一字をもっていれば滞りがない。人の道としてこの誠に勝る重要なものはない。仲間や友達・同志との間でも、この誠意を尽くしなさい。仮にも偽り事を隠し欺いてはならない。総じて心を隠し欺くことから始まり、表向きはあでやか・素晴らしいことを言っていても、一度、疑心が生じるとそれが大きな難事を引き起こし、すべてが崩れる原因となる。奉公人は「堪忍」の二字を大切に、謙遜する人を尊敬し、若い人にあわれみの心をもって接し、引き立て、嫉妬や偏執の心を除き、和順に相応して、ひとつの企て事(たくらみ)もないよう互いに努力しなさい。

以上の五道(忠・孝・仁・義・誠)をよく心掛け、我が身を修め、質素倹約はひとときも怠ることなく、華美な格好をして人に見せたいという心を遠ざけ、身分相応の風俗を身にまとい、身に過ぎることは恥ずかしいことと心得なさい。

倹約とは、十必要なものを八分で済ますことである。身の誤りは酒によって始まり、奢りはこの程度のことならと思ったことから始まるので慎みなさい。

とりわけ、我が身不相応な衣服・懐中・手道具類など益のないことにお金を費やしてはならない。年功に従って与えた給金分は積み立てて、身を修めることに精進しなさい。

質素倹約を守り、忠・孝・仁・義・誠の五道に基づき、怠慢のないよう各人が身を修め勤労すれば、いずれは誉め称えられるのである。ともかく、忠節を尽くして相励み、この文意を心に銘じて他の誹謗を受けないようにしなさい。
安政三年 丙辰八月

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